Ohnoblog 2さん こちら、ホタテのグリルになりますが興味深いエントリでした。
※とりあえず何も考えずにつらつらと脊髄反射エントリ
感情論では確かにそういう言い方されるとピクッとなるんですよね。でも、
所詮言葉は感覚の産物なんだよなぁって思い直します。
ご存知と思いますが、英語には動詞や助動詞の過去形を用いて丁寧語とする文法があります。また仮定などの婉曲表現にも過去形を用います。
これは一般的に時間的隔たりを表す過去形を用いることによって対象となる人・事象との距離(隔たり)を持ち、表現をやわらげていると解釈されます。
相手との距離感は丁寧表現の基礎となるものであり、これは言語というよりも人間のコミュニケーションにおいて普遍的なものですよね。
となれば、日本語においても時間的隔たりを持たせることにより相手との距離感を持たせ、丁寧さを表現する感覚を持つ話者がいても、もしくは出現してもなんら不思議は無いのかな?と、そのようにおもいます。
事実、世代に関わらず過去形を使って丁寧を表現する地域もありますしね。
新しい言語感覚を持った人が出てきていろんな言い回しを使いながら表現の幅や方法を変えていくのってとっても大切なことなんじゃないかなって。
所詮文法なんてものは便宜上作られた作為の産物です。言葉ってそんな風に縛れるものじゃないって思うんですがいかがでしょうか?